石油王の横で眠りたい

2000年生まれ、備忘録

この色を探して 02

名前を探しても、そいつは見つからない。

荻原綾斗という名前は早々にクラス名簿から消え去った。

 

「残してやってもよかったのに」

 

自分本位に発せられる「やっても」という言葉が気に入らなくて、彩は再び唇を強く結う。

綾斗、という名前を頭で反芻する。

 

綾斗、綾と、あや、と、あやと。あ、こいつが私に話しかけてきたの、名前がきっかけだったな。

 

入学してすぐのHRが終わった。ぞろぞろと体育館から出ていく人。その中で彩は重い足を引きずっている。所詮惰性の毎日だ。

 

受験に失敗して、彩はこの学校へ来た。彩自身が求めていたような教育ではなく、いわゆる「スタンダード」。教育方針として英語に特化しているだとか、志の高い人があつまるとか、そのようなものでは無い。何に秀でるわけでもない、誰でも入れるような、普通科だった。

 

たどり着いたのは、ともだちづくりが始まった1-3の教室。

 

複雑に配置された「ともだちづくり」を横目に、彩は席へ歩く。

窓際は嫌いではない。一番空に近い気がするからだ。窓から乗り出すと、遠い地面。しかしこの遠い地面こそが空に近づく手段なのだと思うと、この5階の教室も捨てたもんじゃないと思う。そんなことを考えながら、窓とこちらを隔てる手すりをぎり、と握った。

 

「おなじだね」

「え?」

「だから同じ。」

「なにが?」と、言いながら彩は顔をしかめる。わざわざ隣に来て意味のわからない事を発するのは…

「ほら、あやじゃん。「あや」と、「あやと」並べると本当に一緒だ!」

「あや、なんていっぱい居るでしょ。」

「僕が見つけたのは茅野のほうの彩。他の誰でもないんだよ。」

はあ、とため息混じりの疑問符を投げかける。どこか朧気に目線を合わせようとする「荻原綾斗」に。

 

「今日の空は何色?雨は降ってなさそうだけど。」

質問の意味がわからない。

今日は晴天、青にほかならない。ただの青だ。

「…青だよ」

空白を読むように一息ついて、また投げかける。

 

かけない

かけない、描けない、書けない。

 

何もかけない。

 

湧き出していた言葉たち。

果てた訳では無いが、出てこない。

 

曲も、小説も。なにも、何も出てこない。

卒業しました。そして旅立ちます。

女子高生から卒業しました。

 

「早く高校なんで出てやりたい」

「自由になりたい」

と呪詛の様に唱えていた時期があります。

しかしそれはモラトリアムに生きていた最中だからこそ言えたものです。

 

これから私が放たれる場所は、自由の代償として責任があります。

勿論、今までだってそれは伴っていたけれど、1人だとなると、すべてを背負うことになる。

 

明日から上京します。

無知を知り、逃げたくなるかもしれないし、

夢を追いかけることに、疲れるかもしれない。

その度にきっと、この場所を思い出すと思う。

 

嫌なことも楽しいことも辛いことも苦しいことも、嬉しいことも、幸せなことも。全部全部ここに詰まってて、ここで生きてたから。

 

どんな人間になるんだろうな、私。

ちゃんとした人になりたいな、っておもいます。

 

さよなら、さよなら。

 

わたしの大切な人

わたしの大切な人が、ただただ毎日の幸せを日常と思って過ごせますように。

 

ただ無理せずに笑って、無理せずに泣いて、無理なんてしないでいられますように。

 

美味しいご飯をたべて、面白い本やテレビを見つけて、日々に満足できますように。

 

たまにでいいから一緒にゲームをしたり映画を見たり、ご飯を食べたり歌を歌ったり、何かを共有していられますように。

 

眠りに着くときに、今日も良い1日だったと思いを巡らせて寝ることができますように。

 

素敵な夢に包まれて、明日に希望を持ちますように。

 

悲しいことや、辛いこと、不安なこと、後悔や過去がわたしの大切な人を苦しめませんように。

 

抱えきれないことがあったとしても、溜め込まずに誰かに話せますように。

 

音楽を嫌いになりませんように。

 

ずっと音楽を好きでいて、わたしと聴いた、たくさんの曲をふと思い出してくれますように。

 

忘れることは難しいことを知っているから、無理に忘れようとしないでしょう。でもきっとわたしはいつしか消え去って、不意に訪れる思い出となる。

 

そんな時に、私のこと、嫌いじゃなかったなって思ってくれますように。

 

わたしは与えてもらえてばっかりで、何もできないけれど、願うことしかできないけれど、見えずに溢れていく日常を願うことしか出来ないけれど。

 

あなたの毎日よ、どうか力になってあなたを支えておくれ。

 

私はそばにいれないけれど、どうかわたしの大切な人を包み込んでおくれ。

この色を探して 01

白みがかった青空のせいで雲の輪郭が掴めない。


もともと定型的なものでは無い雲だが、形として捉えることはできる。やんわりと。
しかし今日に限っては違った。青があおで、ぼやけている。それと同時に雲もどことなく滲んでいるのだった。

 

今日の空は天色ではなかった。
あ、ま、い、ろ、と小さく口を動かして言葉の柔らかさを確かめる。
天色は真空色という別名を持ち、晴天の澄んだ空のような色のことを指す。

 

空色ともまた違う。空色は天色よりも薄い青。昼間の晴れた空のような色のことを言う。かといって今日のこの空に当てはまる「青」ではない。この色はなんといえばいいのだろう。

 

名の知らぬ空の色に、すうっと尾を引く雲たちを、茅野彩は何度も盗み見た。
盗み見る必要があったのはあまりにも静かな教室と、神妙に話す先生のせいでもある。


雲の概要が掴めるまで、じい、と見つめていたい気持ちはあるのだが、雰囲気がそうさせてくれないのだった。

 

クラスの荻原彩斗が死んだ。

 

週明けの月曜日、どことなく残った怠惰に身を任せている朝。その噂はじわじわと広がりを見せていた。それなのに、確信を持てずに笑い飛ばす者がほとんどだった。

 

「あいつに死ぬ勇気があるわけない」


だれかが言ったその言葉が嫌なほど耳に媚びりついて取れなかった。

 

2月生まれの彼はまだ17歳にすらなっていない。


「あと少しで誕生日だったのに」


無責任な先生の声は、とってつけたみたいに機械的だ。
どいつも、こいつも、凍り付いている。朝のように笑い飛ばす者はいない。
しかし彩斗のために涙を流したり、声を荒げたりする人間もいない。

 

このクラスは彩斗という存在でバランスを取っていた。

人間は同じターゲットを敵とみなし、攻撃することによって団結できる。
彼の涙の分だけ、クラスは一つになっていた。


「ホームに飛び降りだってよ」
隣の席の三好春美が耳打ちをした。

 

「ほら、金曜日。すごい人集りが出来てたじゃない、駅のところ。ほんと勘弁してほしいよね、あれのせいで私、学校遅刻しちゃったし。誰かに迷惑かけて死ぬなっつーの。生きてるだけで迷惑なのに、なんで死に際まで人に迷惑かけてられるのかなっ。おもしろいよね。あ、そうそう今日クレープでも食べない?ほら、あそこのお店、この間までお店の人が育休だったんだけど、復帰したらしいよ。」


ね、彩もそうでしょう、悲しくなんてないでしょう。と息付く暇もないまま彼女は喋る。

春美が覗き込む視線を無視して窓を眺める。

 

「なーんだ、つれない女ー。じゃ、また後でね。」


彩の唇は、きゅ、と結ばれたままだ。力を入れていたせいであろうか、血の味が広がる。そんなことよりも、彩は空を見ていたかった。


1月の空は白んでいる。この空の色の名前を見つけられるのだろうか。

名前を呼んで

名前はその人へ贈られた初めてのプレゼントだ。だからこそ、大切してあげたい特別なものであると思っている。

 

特別を特別だと思いすぎて、上手く扱えなくなることが多々ある。高そうな壺だって、好きな人からもらったチョコだって、特別だから慎重になるし、どうしたらよいのか途方に暮れる。

 

私はそういうやりくりがとても下手で、名前を呼ぶことが苦手だ。

 

今年に入って、「名前で呼んでいいんだよ」と言われたのが5回。名前について話したのはそれ以上だ。あだ名で呼ぶことが慣れてしまうとなかなかそこからシフト出来ないのが私である。

 

ネットの関係というものは儚いが、大切にするのは変わらない。実際に会ったりもするし、ご飯を食べたりカラオケに行ったり、ライブを見たり、語ったり。出会った場所がネットと言うだけで、友人と変わらない。

 

しかし出会った際にハンドルネームを使っていると、実際に会った時との異差が目立つ。ハンドルネームはその人であり、その人ではないからだ。

 

というのもあって、ネット云々関わらず、名前を知ったら名前で呼びたい気持ちはある。私はハンドルネーム自体本名に近いものを使っていたこともあるので、すう、と定着したりするのだが、他人となるとそれはまた別の話だ。

 

大切な人を大切だと思うあまり、名前が特別になって扱うのが下手くそになった。いつまでも私は彼の名前を呼べそうにない。

たくさんの事象を布団の中で考える。

思いを巡らせることで私が幸せになる、その日は今日ではない。

 

7歳も年の離れた妹に辛く当たったこと。

離れて暮らす父に下手な説明をしたこと。

友人に軽いレスポンスをしたこと。

会話が食い違ったこと。

大切にしたいと思う人を大切にできなかったこと。

伝えきれなかった思いがあること。

こんな夜中に泣いていること。

音楽に頼っても苦しめられていること。

過去のこと。

私が手を差し伸べることが出来なかった悲しみのこと。

逃したチャンスのこと。

悔しかった音楽のこと。

私が何も知らないこと。

 

少し嫌なことがあったら、そこからじわじわと後悔や憎しみや悲しさや虚しさが広がり出して、包まれてしまう。

ひとつひとつが連鎖して、センチメンタルになって、一人ふさぎ込んで、SNSを辞めたくなる。

 

私だけなのかもしれない。こんな夜中にこんなに悲しくなって寝れなくなっているのは。この世でたった一人かもしれない。

 

今日はちゃんと素晴らしい日だったのに、なんでこんな気持ちになっているのかすらも、私は知らない。

 

不確定で不安定な毎日にすごく疲れてしまった。たくさん寝たいけれど、それすらも罪なような気がして、生きていくのが億劫だ。